何年かぶりに東京国際映画祭で映画を観てみようかと思い立ち、雑誌やWebでプログラムを検討する。その結果…ちょっとしたショックを受ける。映画祭でどうしても観ておきたいと思える作品が、これ一作だったのだ。
既にチケットが売り切れていたものも数本(マイク・リーの新作など)あったにはあったのだが…特に、コンペティションに興味をそそられる映画が無いのはどうしたことなのか。
『BU・SU』は先日急逝した市川準監督のデビュー作。地方から東京へ出てきた性格ブスの女の子が、馴染めない学校生活や芸者の修行を通じて東京に”まみれて”いく。
とはいえ「都会の冷たさに耐えながらも徐々に自己実現を果たす」といったありきたりな青春物語ではない。雑多で流れるような軽い人間関係にも、無個性な雑踏と建築から成る風景にも染まることなく、やがて自分のすべきことを掴み始める、そういう話だ。
市川監督はスクリーンの端々に東京の風景を織り込むことに長けた監督であって、その方面でのファンも多かった(もちろんぼくもその一人)。
かれこれ20年以上前、公開当時に初めて観たときには、技法の奔放さ(今観ると決してそれほどではない)と、シンプルな表現に込められた情感に目を奪われて気が付かなかったけれども、今回見直してみて、デビュー作にして既にそのスタイルが現れていることが良く分かった。
変わっていくものと変わらないもの。それが東京という街の常態だ。個性と呼んでも良いのかも知れない。そして市川監督はいつも、その双方に対し等しい愛着を持って接している。
この映画に登場する、かつては見慣れていたはずの建物や流行の服装・髪型は、今ではもう失われずいぶんと変わってしまった。でも、たとえば学校生活の一コマや、神楽坂の街並みは、今でも変わらぬ情景としてフィルムにしっかりと刻み付けられている。
高島政伸がトレーニングの最中、舞の稽古をする富田靖子を見つける、その後景となる隅田川の流れは、2008年のそれとどこが違うかと問われてもすぐに答えられないほどだ。
そうした不変を目の前に突きつけられるとき、自分はやっぱり映画が好きだと愚直でシンプルな思いが込み上げる。
誰かに押しつけられた「東京」ではなく、自分なりの「東京」を探し当て、その中で身を起こし生きようとし始めること。
『BU・SU』はそういう物語でもあるのだと思う。
また20年後、劇場で観る機会にめぐまれることを祈りつつ。
鑑賞メモ
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