湯川潮音の歌と出会ったのは、女性二人のなにげない友情を描いた映画『犬猫』の主題歌「うしろ姿の人」だった。映画そのものもとても良い作品だったけれど(監督は『人のセックスを笑うな』で一躍人気を得た井口奈巳)、エンディングにゆったりと流れるその歌曲は、終映の余韻を引き継いで静かに流れ出し、何とも良い雰囲気だった。
その後『リンダリンダリンダ』ではスクリーンの中の人物として歌声を聴かせることになる彼女だが、普通に台詞を喋っているとまるで地味な女の子が、ひとたび歌いだしたその声が色を成し輝き始めた瞬間が、なぜか感動的な場面として記憶に残っている。
たしか昔、この人のブログだったかWeb日記だったかを読んだときには、かなりインディーズ色の強い内容(底意地の悪そうな)だったように記憶しているが、幕間のトークからはそうしたアクのようなものがすっかり消え、むしろ無垢な印象を受けたのが意外だった。好みはあるだろうが、そうした純な印象は、イギリスで録音された最新アルバムで聴くことの出来る伸びやかな声に合っているように思う。
今回、初めてライブを観に来て分かったことは、生で聴く歌声の、予想を遥かに超える圧倒的な美しさだ。決して力強い歌唱ではなく、むしろ肩の力を抜いてスキャットしているような歌声は不思議なほど伸びやかに拡がり、中空をゆっくりと進みやがてホール全体に沁み入っていくかのよう。
今回会場となったカザルスホールは、2010年の3月に閉館が決まっているそうだ。建物がどうなるのか現時点では未定だそうだが、不幸にして取り壊されてしまうならば…壁が崩れ行くその時、深く沁み入っていた歌声が世界に開け放たれ、再び聞こえてくるのではないか…なんてロマンティックに過ぎるほどの空想が呼び起こされる、そんな声ではあった。
鑑賞メモ
日本大学カザルスホール