5年ぶりの再演となった本作は、緒川たまきさんの体調不良で数日間の休演があったのちに開幕。
初演も観ているが、当時はコロナウイルスという大きな障害物が立ちはだかっていて、この物語を心から楽しむには、ふさわしくない状況だったことを思い出す。
あらためて観る本作は、初演の印象と同じく、痛快無比で万人に受け入れられる、エンタテインメント作品だ。いつもであれば、エンタテインメント作品であっても、少しねじくれたキャラクターや、ピリッとしたスパイスの効いた場面や、オフビートでちょっと刺激的な一場面を挟んだりもするケラなのだが、ここでは大手を振って、エンタテインメントの王道を堂々と歩いている。
ケラ作品の中で最も、大袈裟ではなくハッピー&ファニーな彩りに飾られた、ミュージカル仕立ての演出を採ったとしても不思議がないぐらいに、高揚感に満ちているのだ。
ただし、正直に言えば・・・緒川たまき演じる女社長マーガレットの相手役、マスト・キーロックを古田新太が演じているのだが、これは初演の仲村トオルの方が良かったように思う(役者としての良し悪しというか、このマストという人物をどう演じるのか、というアプローチの面で)。
古田新太のパブリックイメージや、さまざまな芝居で演じてきた役の傾向から考えれば、古田版マストは、酸いも甘いも噛み分けた人生経験豊富な人物として演じられることを想像してしまうし、実際、古田さんもそれに近い人物解釈で演じていたと思う。
初演の仲村トオルは、純朴で朴訥な人物像を前面に押し出して演じていたのだが、マーガレットが彼の純朴な心、何も持たずとも幸せに暮らしているその自由さに触れて考え方を改めていく、というストーリー上の展開に対して、この人物造形が効果をあげていたのだと思う。
ところがこれが、古田新太演じるコワモテで粗暴な兄貴肌のマストになってしまうと、マーガレットよりも人生巧者の印象が生まれてしまう。つまり、仲村トオル版の時とは、マストとマーガレットの関係性が、逆になってしまうのだ。
もちろん、古田版マストの根っこの部分にある、粗暴さの中に隠れているチャーミングさは、垣間見えはする(それは俳優としての古田新太の身体に備わっているものだとも思う)。だけれど、この物語をよりハッピーに盛り上げられるのは、初演時の主役二人の関係性だったように、自分には思えてしまった。
しかし、なんだかんだ言って、とにもかくにも、社会状況や役者陣の体調面なども加味しつつ、こんなに多幸感あふれる芝居を生で観ることができるのは、心より楽しく嬉しいものだなあ、と、単純に感動してしまう。
願わくば再再演の機会を作ってほしいなあと、そして今度はどんなアプローチでこの芝居を見せてくれるのか、それを大切に待っていたい。
鑑賞メモ
コメント